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雑記

お金という概念がなくなっても社会はそれなりに機能していく?というお話

こんにちは、専業アフィリエイターの孔雀です。

この記事では、お金という概念がなくなっても社会はそれなりに機能していくのではないか?というお話をしてみたいと思います。

先日、私は以下のツイートをしました。

最近、コロナの影響もあってお金で苦しまれている方って多いと思います。

例えば、働けるのに仕事がなくて働けない人や、売り上げが成り立たずに店を閉店せざるを得ない状況に追い込まれている人とかですねえ。

解決策はお金を配ることなんですが、お金も無限に湧いてくるものではないので、困ってる人すべてに行き渡らせることは不可能です。

でも、世界規模でこんな苦しい状況に陥っているのであれば、世界経済を壊してしまって、お金を必要としない環境を作ってしまうというのもアリなんじゃないかと思ったりしています。

今回の記事は、私自身の勝手な想像を多く含んでいますので、適当に読んでもらえたらと思います。

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お金の概念がなくなれば人間の悩みがほぼ解決されるというお話

人間の悩みのほとんどは「お金がない」ことから始まっていたりします。

お金は有限なので、たくさん持てる人と少ししか持てない人が必ず出てきます。

この差は、仕事を「頑張った人」と「頑張らなかった人」と単純に振り分けられるものではないです。

どれだけ社会に貢献していたとしても、それに見合った正当なお金がもらえているかどうかは別問題です。

なぜならお金の価値はとても曖昧なものだからです。

なので、まずここで「お金のある、ない」で悩まされる人たちが生まれてきています。

もう1つ例を出すと、人間が詐欺や窃盗を働くのも「お金がない」ことが発端になってることが多いです。

元からお金があれば人を騙したり、盗んだりする必要はないわけで、これも「お金がない」ことが原因で起きてくることかと思います。

そして、被害に遭った人たちもまた、騙されたことで心の傷を負う結果になります。

こんな感じで、「お金がない」という感覚を持つことによって人はいろんなものに振り回されて苦しんでしまってます。

なので、お金自体がなくなってしまえば人間の悩みがほぼ解決されるのではないかと思えてくるわけです。

お金という概念がなくなった社会とはどんな世界なのか?

お金という概念がなくなった社会を想像したことがありますか?

私が小学校の頃(1980年代)であれば、お金という概念をなくすことは不可能だったと思います。

なぜなら、人間が自ら働かなければ成立し得ない世の中だったからです。

この頃、人がいなくても成立していたものといえば、缶ジュースの自動販売機くらいではないでしょうか?

でも、今は全然違いますよね。

人がしていた仕事が機械やロボットに代用され、人以上に正確な精度でこなしてくれるようになりました。

職人よりも優れたものを作り出せますよね?

これからこういった技術がどんどん進化していったとしたら、人間が社会に対してしなければいけないことってなくなっていくと思うんです。

そうなってくると、もはや人が働く必要のない社会になっていくはずです。

人が働く必要のない社会って想像できますか?

もちろん適応するまでにはいろんな問題が生じると思いますが、お金という概念がなくなっても社会は意外に成立し得るんじゃないかと思っています。

お金が無くなった世界で食料や物はどうやって手に入れる?

お金の概念がある社会ならお金を支払うことで、それに見合った食料や物が手に入ります。

でも、お金という概念がなくなった社会では、食料や物を手に入れる時にお金で買う(交換する)という発想がなくなります。

なので、用意された食料や物を好きな数だけ自由に手に入れることができるようになります。

こんなことを書くと、「欲張りな人が全部持っていってしまうよ」と思うかもしれませんが、それはお金の概念がある社会で生きてきた中での発想だと思います。

実際に好きな数だけ自由に手に入れることができるようになれば、必要以上に持っていく人はいなくなるはずです。

なぜなら、いつでも手に入れる環境にあるからですねえ。

なので、必要以上に持っていく意味がなくなるわけです。

たくさん食べたい人はたくさん持っていけばいいし、それなりの量で満足できる人ならそれなりの量だけ持っていけばいい。

そして、食料や物がいつでも手に入る環境になれば人間の物欲もなくなっていくと思います。

そうなれば、他人の目を意識して自分を着飾るような行為もしなくなっていくはずです。

お金という概念がなくなった社会を想像すると、人間のエゴが表面化しなくなっていく気がします。

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食料や物は誰が作るの?

今の技術ではまだ早いかもしれませんが、いずれ進化していけば機械やロボットにすべて丸投げすることも全然可能だと思います。

農業から食料の運搬までも自動化しようと思えばできそうですし、今ほとんどの生活用品も人の手で作っていることなんてなくなってきてますよね?

なので、わざわざ人の手を使わなくても実現できることかと思います。

インフラの整備や医学に関しても、わざわざ人がやらなくてもできることはたくさんあると思うので、そこはすべて機械やロボットに任せることは可能かと思います。

ただし、技術者は必要になってくると思うので、そういったことはやりたくて仕方ないような人に任せればいいと思います。

そのほうが強制される意識がなくなって、やりがいも持てる気がします。

人が働かなくなったら世の中ダメ人間で溢れかえるのでは?

人が働かなくなったらダメ人間になるというのは単なる思い込みだと思います。

そもそも人が働かなければいけない理由って、手間と時間の省略化なんですよねえ。

わかりやすくいうと、衣服を洗濯板で洗う手間と時間をなくすために、乾燥も同時にできる全自動洗濯機ができあがったみたいなことです。

つまり、将来的に人が楽できる環境を作るために、働くことを先人から都合よく義務化されてきただけなんだと思います。

なので、人が汗水流して働くというのは決して倫理的なことではなくて、将来的に人間が楽して暮らせるようにするための仕組みを作っていたということなんだと思います。

そう考えた時に、働かなくてもいい社会を拒絶するというのは、そもそも今までやってきたことと矛盾した考えになってしまうんですよねえ。

人が働かなくなったらダメ人間になるという発想も「人は働くべき」という先入観があるだけで、実際に働く必要がなくなったらそれなりに適応していくと思います。

人間の個性や能力が自然な形で社会に還元されていく世界

お金という概念がなくなるということは、お金のために自分の意志に反することをする必要がなくなるということです。

やりたくないことや、理不尽なこと、意味のない気遣いなどがなくなる世界です。

そして、人にしてあげたことや感謝の度合いが数値化されなくなる世界でもあります。

一見、わかりにくくて、はっきりしない社会に映るかもしれませんが、本来あるべき人間の感性が素直に表現されていく社会であるとも言えます。

なぜなら、損得勘定のない世界だからですねえ。

それはとてもピュアで、ごくごく自然な世界である気がします。

今までのように社会貢献をしたい人はすればいいし、自分のやりたいことのみに集中して生きたい人はそうすればいい、というとても自由な世界。

損得勘定がなくなるので本当の意味で社会貢献ができる世界に変わる気がします。

まとめ:お金という概念がなくなっても社会はそれなりに機能するというお話

今回は、お金という概念がなくなっても社会はそれなりに機能していくのではないか?というお話をしてみました。

人間の悩みの種は「お金がない」ことから始まっていることがほとんどです。

お金をなくしてしまうことは経済自体をなくすということでもあるので、なかなか難しいことでもあります。

でも、お金の概念がなくなればお金がないことで起きる負のスパイラルは解消されていくと思います。

そして、同時に思うのは、今のうちに自分がやりたい事をよく知っておいたほうがいいということです。

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  • この記事を書いた人

孔雀

2004年にアフィリ業界に参入。 2017年から脱サラし、専業アフィリエイターに転職。 ほぼ独学でSEO、マーケティングを学び、2018年6月にアフィリエイトのみで月収50万円を達成。 誰にも縛られない自由な生活を求めて日々精進中。 最終目標は、何もせずに収入が入ってくる不労所得を作り出すこと。

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